毒親から離れる

独り言的な本音、過去の暴露話、セラピーとして怒りを溜めない為に書き綴ります

笑顔でいたくない

毎年決まって5月は対人関係でひどく憂鬱になる時期。

なぜ5月は毎年こんなんなんだろう?

 

昨日『一周回って知らない話』のフリーアナウンサーの話を観ていました。

TBSを退社した安藤アナが酷くネガティブな性格であることをやってました。

それを観ていて私は激しく共感。

 

司会の東野さんから『暴漢に襲われたらなんて。。暴漢に襲われたことあるんか?』と突っ込まれ

安藤さんは『いや襲われたことはないですけど、今までなかったからってこれからもないとは限らないじゃないですか~』と答え

 

『めんどくさい奴』とみんなに激しく言われていました。

 

私は何度も暴漢に襲われたことがあります。

後ろから近づいてきたひったくりにバックを盗まれたり

鍼灸院で背中にキスされたり

元彼の同僚に殴られたり

元彼の親に暴力振るわれたり

 

暴漢と言えるような危険な人は確実にいて、程度はあれでも突然ぶちかましてくるような人も暴漢に等しいです。

予測もしてないことで感情的になったり、LINEで一方的に感情を爆発させたり

イベントで感情的に持論を語りだしたり。

 

安藤さんは『笑顔がつくれない』と悩んでいたけど、私は人前で笑顔にしかなれなくて悩んでいることに気がついた。

 

以前カウンセラーさんに『その顔が素なの?』と言われたことがある。

いい人ぶろうとしてるわけでもなく、嫌われたくない意識が高いわけでもなく

笑顔でいることをやめられないで苦しんでいる。

 

むしろ義母のように誰からみても『わっヤバい人だ』と思うような顔つきでいられればどれだけ楽だろう。。と羨ましく思う。

 

 

今のような顔つきでいるから、持論語中二病に好かれ、どうでもいい持論を聞かされ

うっとうしい人に好かれてしまう。

 

私が義母のような顔でいれば、誰もどうでもいい話なんかしてこないんじゃないか?

 

昨日までのブログにすべて自分が悪いんじゃないか?と書いてきたけど、確かに毒母と距離をおくまではいつもそう考えてきた。

でもこの1年、こんな顔してるから悪いんじゃないか?とは思うものの

ことの展開がめんどくさくなるのはすべて自分が悪い!とは思っていない。

 

青木さんのことも昔からこの人はヤバい。。と思っていた。

言いたいこと言ってんじゃねーよ!と思っていた。

今回のように言い返したのは珍しいことだったけど。

言い返せば確かに倍返しに青木さんは自分の言い分を曲げない。

正直どうでもいい青木さんの持論や病気への思い込みを聞かされたところで

うるさいだけだったし、毒親のように青木さんも

この先性格が変わるわけじゃない。

青木さんの気分で謝ったり、また持論を押し付けられたりしても迷惑だし

会話してもやっかまれ、嫉妬され、張り合ってくるから、もうそんな関係はいらないと思った。

 

美紀さんのことも同じで、子育ての終わった私にとって、子どもにあんな風に騒がれ

うるさい!と思ったし、公共の場であんな風に取っ組み合いをし騒いで

それを意見したら、彼女の教育論をLINEで一方的にぶちかまられても

世間では『うるさい』とも言わず、関係をフェイドアウトしていくのが正解なんだろうけど

イベントに遊びにきてはあんな風に子供を騒がせるような人、またそういうストレスを感じたくないと思ったから『うるさかった』と言ったまでだ。

 

イヤだと思う人を避ける権利はあるはず。

ブロックしなかったらいつまでも、謝られたり、感情的になられたり、独り言のようなLINEを送られる。

そういうのは迷惑だと思ったから正直に伝えた。

そこで関係がこじれてもいいと思ったから言ったまでだ。

 

思ってることが言えてないわけでもなく、我慢に我慢を重ねてるわけでもなく

彼女たちのような張り合ってくる、よくわからない人と『友達』面されて

絡まなきゃいけないのは苦痛でしょうがない。

 

でもこういう人を寄せ付けてしまう要因は、それもこれも私の表情にあると思う。

私の雰囲気がこういうめんどくさい人を寄せ付けて、『友達』面しはじめる原因なんだと思う。

 

夫は私の雰囲気を人間として絶対『得』をしていると言う。

カウンセラーの先生も『見た目で損してる人よりも、感じがいいと思われる人の方が絶対いいと思う』と言っていた。

知り合いにも『嫌われるより、好かれてる方が絶対いい』と言われる。

見た目で優しそう、感じがいいと思われる方が絶対『得』だと言うけれど

今までそれでさんざん苦しんできた。

 

幼い頃から母に『なんでそんな顔するの』と素の自分でいると怒鳴られていた。

子供の頃骨髄検査して、終わったあと痛みで苦悩した顔していた時も母は

『なんでそんな顔してるの』と怒ってきた。

『痛いんだよ』と言っても、『麻酔して骨髄とったんだからそんな痛いはずはないでしょ』と怒鳴られた。

 

母が目の手術して入院していた時、付き添いでベットの横にいて本を読んでいた時も

突然テッシュの箱を投げつけてきて『なにその顔』と怒鳴ってきた。

目の手術後あったから見えてないと思っていたのに、それを言われた時はひどく驚いた。

母に素の自分をみせると怒鳴られる。

母か緊張してるような場所で、私が素の顔をしていると怒られる。

母が緊張してる、あるいわ不安な気分でいる時、なんでおまえまでそんな顔してるんだ!

私の緊張感をやわらげろ!と言わんばかりに怒鳴り散らす。

それだけでは当然終わらない。

気に入らない表情をしたことで着火すると、それから続く文句の嵐。

思い出しては棚おろしして文句が延々続く。

 

こんなことになるなら。。と表情をつくってるうちに、こういう顔でいるのが習慣ずいてしまい、人前で笑顔でいるのが当たり前になってしまった。

 

義親に初対面した時だって、第一印象であの人達になめられたんだと思う。

『息子の嫁が感じのいい人でよかった!』じゃなく

『自分たちにとって都合のよさそうな女だ!』と思ったに違いない。

 

だから義父は金銭をたかってくるし、義母は恥ずかしげもなくパッパラパーな態度で

頭のおかしいこと平気で言えるんだ。

 

すべては私の第一印象なんだと、ずいぶん前から悩んでいた。

 

母にはじまり、この人はなんでも受け止めてくれる!そう思って近づいてくる。

だから相談もされやすいし、持論もかまされやすいし、悩みも打ち明けられるし

オフレコの話もされやすい。

 

これはいいことじゃない。

相手が変な親近感を抱きやすいのは、依存されるのと同じ。

依存された方はそれをヤバい!と思って逃げようとすれば、自分の気持ちを受け止めてくれなかった!と勝手な依存心から、激しく憎まれてしまう。

勝手に好きになって、勝手に憎悪を抱いて、激しく憎まれるこっちの立場は本当に辛い。

 

どれもこれも母の激しい感情の浮き沈みに、合わせてきた我慢してきた自分が

今苦しめられている人間関係だ。

 

深谷のMさんとの関係を終わりにした頃、夫から

『もう無理に合わなくてもいいよ、苦痛に感じたら逃げてもいいんだよ』と言われていた。

不安を抱えなくてもいい。

そういうことは考えなくてもいい。

不安がらなくてもいい。

 

そうやって2年近く過ぎた。

 

あの頃から比べれば、よくわかんないこと言ってくる変人の数は減った。

人間関係で我慢することもだいぶ減ったと思う。

ヤバい!と思えばブロックするか、関わらないよう距離をおくようになった。

 

でもまだまだ私のヤバいアンテナは人より鈍い。

 

思うのはSNSのコメントに私を尊敬するようなことを書き込んでくる人や

慣れ慣れしいコメントよこす人は、必ずといっていいほど後々ぶちかましてくる。

親近感でDMよこしたり、質問してきたりする奴は天然なんじゃない。

ヤバい!

 

少し前も山梨のイベントで明るくて元気な作家さんだな~って思う人がいた。

別のイベントでご一緒して、知らない顔じゃないし普通に接することができる人だと思っていた。

それがまるで別人みたいな態度。

あ~なんかヤバい。。無理に合わせる必要ないな!と思って、次の日は挨拶をさらっとして通りすぎた。

あきらかに相手は昨日の態度まずかったかな?って顔してたけど、こういうタイプは付き合うのは難しい。

 

イベントであの人がいるからイヤだな。

この人がいるからイヤだな!って思う気苦労をするのも、もう絶対イヤだったので

作家さんとの関係は慎重になっていた。

ましてや男性作家さん(先輩作家さん)とは、敬意で接するようにしていた。

 

気持ちの底から尊敬する気持ちはあったし、作ってるものが素晴らしければキャリアも違う。

そういう人をものつくりをする立場で尊敬するのは当たり前だ。

そう思ってそういう態度で接していた。

 

相手がどんなに何度も顔を合わせてる作家さんでも、敬語は絶対だし

ご一緒すれば必ず自分から挨拶にいっていた。

とくにSNSで繋がっている作家さんには絶対の敬意で接していた。

みんないい人達で仲良くしてくれる。

イベント情報をお互いに交換するのも楽しい時間だった。

 

そんな人ばかりだったから、まさか今回こんな思いをするとは当然予想もしてないことだった。

 

何度もご一緒している男性作家さん。

当然尊敬していたし、素晴らしい作品をつくっていた。

向こうは私が敬意をもって接しているのを感じ取っていた。

 

今まで知り合ってきた男性作家さん達もみんな同じように感じていると思う。

だから楽しいと思えたし、上から目線で言ってくる人もほとんどいなかった。

うちをバカにしたようなことも言わなかったし、どんなに私が腰を低くしても

先輩面して語ってくるような人はまずいなかった。

だからそういう態度で接するのが正しいと思っていたし、仲良くしてもらえることが逆にありがたいと自分の居場所のような心地よさがあった。

 

体育会系の部活じゃあるまいし、上下関係を誇示してくる人も今まではいなかった。

腰を低く敬語をつかっていても、イベントに出展していれば選ばれているわけだし

ライバルとまで言わなくても、本気で挑んでいるわけだから

そこは大人だ!みんな表に出さない。

 

でも今回ガッカリするほど、男性作家さんに持論を語られて、それがどんどん過激にエスカレートしてしまい、そこまで。。と思うほど言われてしまい

とりようによってはすごくバカにされてるのかな?と思うような

同じ仲間として話してるように思うのだけど、やっぱり激しくバカにしてるんだろうな?と思うような

 

本人にとってはそれで生活してて、私のような夫がいてサラリーマンやってるような生活環境の女がのこのこ出展しているのは耐えがたいのかもしれない。

でもそれを言ったらいろんな環境があって、親と同居してるとかいろいろあるじゃないか?

 

私にとってみれば病気がなく医療費がかからない環境で生きてる人なんか

本当にうらやましくてしょうがない。

でもそれはいろんな環境があるからしょうがない

自分の置かれた環境なんだから!と、その環境に文句を言ってもなにか変化するわけじゃない。

 

それよりも前向きに楽しんで生きていくしかないじゃないか?

 

他の作家さんのことも『下手だ』とディスり、そういう価値観的なことは人前で話もんじゃないと思うし、そこまで言わなくてもいいじゃないか?と思うほど

私と話しててとまらなくなってしまったんだろう。。

過激すぎて『過激すぎますよ』と何度も言ったんだけど

話はとまらないから『じゃ~また』と帰ろうとしたら

 

『今度はお金もってきてね』と言われた。

 

こんなのはじめてだ。

 

冗談なのかもしれない。

何度も何度もそう思おうとしたんだけど

私は女性だし、もってる物や雰囲気で好む作品かどうかわかってるはず。

癖のある人だな~と話で思っていたけど、まぁこんな人も珍しく

面白いとも思っていたんだけど

私の敬意を払った態度は彼をエスカレートさせ、爆走させてしまったんだろう。

 

すべてはやっぱり私の雰囲気なんだと思う。

改めて深い喪失感や虚無感に心がやられてしまった。

 

悪い人じゃないと思う。

でもイベントでなんであんな話になってしまうのか?

普段からそういう話がしたくてしょうがないんだろう。

自分を語る場所が欲しくてしょうがないんだろう。

誰だってそうだと思う。

でも心をオープンにしすぎてドン引かれたら終わりじゃない。

しかも冗談なんだと思うけど『今度はお金もってきて』

 

そういう目で私のことをみていたんだと思う。

男性同士で冗談を言い合うのかもしれないけど、これを言ったら終わりじゃないか?

 

おべっか使って作品を買ってもらうなんて狂うほどイヤだ。

 

確かにお金はほしい。

売れれば嬉しい。

売り上げを伸ばしたい。

誰だって思うはず。

 

おべっか使って買ってもらえてもOKな人も世の中にいるかもしれない。

でもそれってとてつもなく悲しいことじゃないか。

そこまでお金に執着したくない。

 

いやお金は必要。

お金に名前が書いてあるわけじゃないもの。

どんな売れ方でもOKって価値観もあるかもしれない。

 

でも私は!そういうのイヤだ。

 

納得して惚れて買ってほしい。

 

売る目的ではなくイベントに出展してる人なんかもデザフェスには多くいて

そういうのって口だけでしょ?本当はお金にしたいでしょ?って思ってるところもある。

だから納得して惚れて買ってほしい!なんてフレーズは綺麗ごとのようにも思える。

 

知り合いのアスペの男性が、ただ作家さんから買うことだけを目的としている人がいた。

買っても買っても家にもって帰っても袋すら開けない。

部屋に溜まった作品たちはホコリにまみれ、ぐちゃぐちゃに放置されていた。

 

その男性がご執心な作家さんは自分の作品がむさぼられているだけなことを知っていた。

ほぼあの男性が頭がおかしい人間として作家さんは扱っていた。

 

『銭じゃ銭じゃ』と冗談を言う作家さん。

割り切ってるな~と思っていた。

でもデザフェスの2日目もその男性が買い物にきて、ごっそり買おうとしたことを

『もうやめてください』と止めたそうだ。

 

この人がくればお金になる。

大量買いしてくれる。

そう思うんだろうけど、大切にされてないことも使ってもわらないことも

別の執着心で買っていってることもわかっていて、さすがにとめてしまったんだろう。

 

ある意味太客なんだけど、もうさすがに耐えがたかったんだと思う。

 

つくり手ならそういう気持ち、好んでもいないのにおべっかで買ってく人がわかるはず。

そういうのはう~んって思う。

売れてほしいけど、欲しいと思ってない人に売りつけるなんてしたくない。

 

ジャンルは違っても、こういう活動を続けてきて

作品に誇りがある人だと思っていたのに、あれじゃ~なんかほんとにがっかりしてしまった。

しかも自分がそういう風に『今度はお金もってきて』と言われたこと。

馬鹿にしてる!と思った。

 

こんな気分になったははじめてだった。

屈辱的な気分になった。

ここに書けないような言葉繰り返し『過激すぎる』と言っても暴走はとまらない。

でもそういう人はそういう話が好きで、誰でもかまわずそういう話をしてしまうんだろう。

でも私はそこまでの話はタブーだと思う。

 

女性だし、男性からあの手の話はされたくなかった。

 

すべては私が話やすい雰囲気で、イヤな顔ができなかったから

ここまで言わせてしまったんだと思う。

夫はそれにしても言い過ぎ!と言っていたけど、私はまたなめられたんだと思う。

 

でも気持ちの中で拒絶感しかなくて、もう顔もみられないと思う。