毒親から離れる

独り言的な本音、過去の暴露話、セラピーとして怒りを溜めない為に書き綴ります

アジールパーソナリティ障害

Huluのオリジナルドラマ『フジコ』を観終わりました。

あ~疲れた。

ちょっと雑なドラマですね。

 

むか~しデクスターという海外ドラマを観たことがあったんだけど

あれに似てますね。

デクスターを最後まで観なかったのであれだけど、殺して解体するシーンが多いのは似てますね。

 

でもフジコのストーリーは毒母が連鎖して、クソみたいな人生になる!っていうストーリーというか。。

観ていてわかるような気もする。

駄目な男にすがって金がなくて苦労して、急に激しい怒りに囚われたり。

 

毒親育ちで虐待と母親からの激しい否定で、人格を失ってアジールパーソナリティ障害。

アジールパーソナリティ障害と検索してみたら、アジールパーソナリティ障害は境界性人格障害のことなんですね。

20代の頃境界性人格障害と診断を受けた時読んだ本や先生からの診察でも

母親からの否定で人格が激しく揺らぐと言われたけど

先生は『一生境界性人格障害ではないんだよ、人との関わり方で自然とパーソナリティ障害は治る』と言われた。

パニック発作過呼吸になったり、錯乱することも当時は度々あったし、自殺未遂も何度も何度もやってエスカレートしていったけど

 

入院した病院で『精神がおかしいんじゃないんだよ』と言われた。

精神はおかしくないけど、人格障害?当時の私には全然わからなかった。

死んでしまうのが1番楽になれる方法だ!と思っていた時期もながくあった。

 

夫もクソだったけど、1番クソだったのは母親で、夫は酒気帯び運転を繰り返し金のために詐欺まがいなことをしようとしたり、とにかく不安をあおってきたんだけど

不安になって助けを求めようとすれば、母親から『おまえが全部悪いんだよ』と呪文のように繰り返され

先生には『信頼できる人をつくった方がいいと言われ』でもそんな存在はいなくて

誰も頼れないなら自分で頑張るしかないと、がむしゃらに働いてお金を稼ぐことそれで自立しよう!ともがいていた。

父親はその時先生から言われて、母親と私を引き離そうとしていたけど

結局それはうまくいかなかった。

仕事から疲れて帰ると母親がいて、仕事ばかりで子供のめんどうがろくにみれていないことを怒ってきて『仕事をやめろ』とか『もっと自給のいいところを探せ』とか

『社長に言って自給を上げてもらえ』など言ってきた。

 

仕事をするうちにだんだん母親の言ってる言葉が、とても浅くてバカみたいなことだと感じるようになった。

 

なんだかんだしているうちに小池君と出会って、私は彼に癒されていく感覚があったんだけど、9歳年下で彼と現実的な繋がりは正直感じなかった。

将来結婚しよう!とかそういう人生設計みたいのがいだけなくて、内心彼とはうまくいかないことを感じていた。

でも今が辛いんだから逃れたい!みたいな気分で、彼といることでつかの間の落ち着きみたいなのを感じた。

当時勤めていた先でも今までとは違う人間関係が築けていた。

 

それは前の会社にいたSさんみたいな虚勢を張って、他人に厳しく自分に甘い

激しくめんどくさい感じの人がいなかったからだった。

その会社にいると、自分が普通の社会に溶け込めてる気がして

順調に生活できてるって感じだった。

 

今から思えばその頃母と距離をおき、いろんなことが順調に進んでいたことや

資格をとったりそれで稼いでいる生活に充実感や自立感を感じていたんだと思う。

 

でも小池君の兄の彼女の存在がことを大きく狂わせる。

彼女が女のイヤな面まるだしな女だったからだった。

そこで火がついてしまった私も、やっぱり毒母育ちで売られた喧嘩に敏感に反応する!ってことなんだろう。

彼女は徹底的に被害者ぶって少し亀裂の入った穴を、急加速で広げていった。

その破壊力は小池君の母親を刺激し、平和だった小池家を大きく揺るがせたんだと思う。

小池君の母親は何度も何度も別れるように言ってきた。

 

その理由がやっぱり子供がいて離婚歴があるからってことだった。

『そんな女どうせまともじゃない』私のことを何度も『まともじゃない』となにをしたわけじゃないのに否定してきて、ある日小池君の下着入れをみるように母親が言ってきた。

 

下着を入れてるケースの奥に何重にもまかれたタオルがあって、その中に古いビー玉とケースがあって、その箱の中になんかよくわからない呪文が書いてあった。

は『これな~に?』と小池君に聞くと、小池君が大学進学でひとり暮らしをして以来

そのケース整理したことがなく、ビー玉もその呪文の書いてある箱も知らなかった。

まぁどう考えても隠してあったような隠し方で、母親の根深い息子を他の女にとられまいとする感じはすごかった。

別の日は『台所の上の棚にしまってあるポットの中を覗け』と言ってきて

やっぱり呪文みたいなお札みたなのが入ってて、髪の毛も入ってて

母親ってこういうこと息子にしてるのか?と宗教的な怖さを感じた。

 

でも今考えてみれば、小池君の母親から電話があっても出なきゃいいし

なんでもかんでも真面目に真正面から向かっていくことが、間違いだったんだと思う。

めんどくさい奴は無視したっていいし、関わらない方向で自分を大切にしてもいいのに

他人のストレスまで自分が抱え込んでしまう。。そういう性格がダメだったんだと思う。

 

小池君の母親は『死んでも息子を守る』とか言い出し、単身赴任していた父親が帰る度にそのストレスを夫にも爆発させていたらしい。

父親もストレスに弱い人で、そんな当たり方をされてるうちに狂ってしまい

ある日小池君の父親が突然きて、石で私の後頭部を殴ってきた。

警察ざたになったけど、彼の父親を障害で訴えるわけにはいかない。

その頃から小池君の精神もだんだんにおかしくなる。

 

『もう俺ダメだ死ぬ』と電話してきて失踪したり、そんなのを何度も何度も繰り返され

彼をまったく信用できなくなって、お互いに地獄だった。

小池君のやり方は警察を巻き込んで騒ぐことが多く、自分は自殺する!と失踪するのに

どうせまた脅かしだろう!と少し落ち着こうとすると警察が部屋にくる。

彼から通報があって彼女が自殺する!と騒いでいる。。とされてしまう。

 

やっぱり死ぬのが1番の逃げ道かな~と思うようになる。

 

あんなに幸せだったのに、石井さんの存在でめちゃくちゃに簡単に壊れてしまった。

小池君はうちの父を頼り、巧妙にしくんだ計画で私を突然捨てた。

 

でも彼に捨てられてよかったと思う。

 

またSさんのいる会社に戻りとにかく働いているうちに、婚活しよう!と思いだす。

最後の恋愛をしよう!って思った。

 

だから義母があんなでエ〇バの証人だってことを隠されいたことは衝撃だったけど

自分の中で最後の恋愛だ!と思って夫といたことで、怒りをひきずりたくなかったんだよね。

 

激しい怒りが次から次へと棚おろしされたよ。

自分が幸せにやろうとしてるのに、必ず誰かが壊そうとしてくる!!!

それが義母だったり、義父の金のせびりだったり、Mさんだったり、周囲の作家さんだったりね。。

怒りは常に人になめられたような感じで、繰り返し繰り返し

私の心を落ち着ちつかせようとすることはなかった。

 

フジコみたいにどこまで戻ったらいいの?ではなく

早く人生終わらせることばかり頭に浮かんでしまうし、他人のせいにするんじゃなくて自分が1番悪いんだ!ってことばかりで、どうしてこんなに私はいつも底辺の底辺なんだろう。。とクラクラすることばかり。

 

でも3年前くらいから、いろいろ生活が変化しはじめた。

だんだん憲一さんが私の生き辛さの原因に寄り添ってくれるようになった。

あるイベントで賞をもらって、私が照れているのに彼は泣いて喜んで

その関係者は私のブログを前から読んでいて『わかってくれる人はたくさんいるから』と言ってもらえたのも大きな変化だった。

 

そのあたりからいろいろ変わってきた。

その頃から母は私への罵りが激しくなった。

40も過ぎてるのに、こき下ろせる部分は精一杯こきおろす。

 

母は『そんな遠くまで行って儲けもないのに生意気だ』と私を罵り、励みまで奪おうとする。

私が楽しくやっているのを焦って取り上げようとしてるみたいに、一生懸命罵って

私を激しく激しく潰そうと焦っている感じだった。

それは母が恐怖してるような感じだった。

 

自ら逃げることを知り、真正面から向き合わないことをだんだん覚えて、母が怒鳴りだすとなにも言わず帰ってしまったりするように。

 

でも母はあの手この手考える。

血のついたTシャツを着ていて『なんで血がついてるの?』と驚くと

母は『私は目が見えなくて運転もできない!ひとりで出掛けることもできない

服を買うこともできないんだよ!!』と火がついたように煮えたぎったマグマみたいになっちゃう。

どうせ血糖値をはかるコントローラーで毎日血液検査してるから、その時に出た血をTシャツになすってるくらいだろ?

人の気が引きたくてどうしょもない。。

 

電話も1日に何回もかかってくるようになる。

話を聞いてやってると急に気が別にいってしまうのか?

父親に話かけたり、私に電話してきているのに、別の家族に話かけて話し出すのが母の癖だ。

それで私が『切るよ』というと『どうしてあんたはそうなの!』とスイッチが入る。

そこからは私を罵りたいだけ罵り、それでもダメなら憲一さんがいなくなるんじゃないか?みたいな脅しをくれてくる。

 

『あんたみたいな性格じゃ~憲一さんも大変だろうね』

『憲一さんもあんたを捨てるよ』と言い出す。

その度不安になって憲一さんに夜、母親にこう言われた。。と報告すると

『お母さんとは絶対連絡をとっちゃダメだ』と言い出した。

 

カウンセリングも受けるように憲一さんに言われ、本格的に治療をはじめた。

 

簡単には母親のカルマを断ち切れない。

先生やカウンセラーさんや憲一さんや力を借りても、なかなか母親を断ち切ることはできなかった。

不安になり母親の電話にでてしまう。

 

母親もいろいろ考えていて逃すまいとしてあの手この手仕組んでくる。

私が憲一さんと結婚するそぶりをみせると、憲一さんを拒絶し憲一さんを怒らせようとした。

でも憲一さんはそれに揺らがなかった。

母の性格を見抜いていたから、そうやって騒いで私からまわりを遠ざけようとしてるって憲一さんは母に罵られても罵られても、マイペースでいてくれた。

あまりに憲一さんにかわいそうな態度を母がとるから、これ以上大切な人を傷つけたくない!って思った。

 

母の行動が結果的に裏目にでた。

 

母にはもう疲れた。

なんでそんなに徹底的に私をやっつけなきゃいられなかたったんだろうか?

 

今は母を拒絶することで、平和な日常を手にいれた!と実感する。

母は強烈な女だった。